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ナニが独身男性をコスプレイヤーや地下ドルに向かわせるのか?

皆さんは「ドルヲタ」や「カメラ小僧(以下カメコ)」という言葉に対して、どういうイメージを持ってますか?

恐らく「若い女の子が売り出している恋愛幻想を必死に求める、ちょっとアレな非モテ成人男性」というネガティブなイメージがあるかと思います。


しかし、これは本当に正しいのでしょうか?


彼等は当事者であり、誰よりもコスプレイヤーand/or地下ドルに詳しいのにガチで「俺達が感じてる可能性は幻想であり、決して成就することはない」ということを理解してないのでしょうか?
(一部のややこしい事情に関しては、ここでは触れません)


これについて、よく語られるのが「ガチ恋」という概念です。

「ガチ恋」を迷惑と言いつつ、それに依っているアイドル市場

ガチ恋とは「ガチな恋愛感情」の略語ですが、その名称に反して肯定的なニュアンスでは決して語られません。


「アイドルに関して、真剣な恋愛感情を抱き、それをモチベーションにしてファン活動に異様なまでに熱中し、時には違法な手段で私的領域に入り込もうとする」という謂わば「危険人物」の事を指すスラングとして使われます。


今のアイドル市場は「アイドルは偶像で、みんなのものです」を建前にしつつ、交流握手撮影会等でファン一人一人に対し個人的関係性を売りつける、ある種不誠実な二枚舌営業によって成り立っており、集金構造そのものが「ファンに恋愛幻想を持たせる」仕組みになっています。


「アイドルは偶像」と割り切ってるファンは大して金を落としません。

 

アイドルに大金を溶かすのは多少なりとも「ガチ恋」の要素を持ったファンだけなのです。


そのためアイドル市場は「アイドルは偶像でみんなのもの」と言いつつ、アイドルとファンを積極的に接触させ、個人的関係性…恋愛幻想をも切り売りし、ファンを「ガチ恋」に落とし込むように設計されています。


そしてこのような構造のまま、ファンと偶像(という建前の存在)の距離を更に近づけているのが地下ドルやコスプレイヤー市場と言えます。

彼等を動かすのは本当に「性愛要求」なのか?

しかしながら、彼等の行動原理やモチベーションは「恋愛幻想を求めてる」だけでは決して無いと、国税局(税務署ではない)に目を付けられる程度には人気のコスプレイヤーとして断言します。


当然ですが、ファン達の間には地下ドルやコスプレイヤーを中心としたコミュニティが築かれます。


狭く閉鎖的なコミュニティですが、それ故にそこでは特殊な価値観が生まれます。
具体的に言えば、ファン活動に入れ込めば入れ込むほど「偉い」「素晴らしい」「序列が高い」とするような価値観であり、ファン活動への熱中自体が「魅力的なコンテンツ」として成立するのです


これはネット上のメンヘラが「如何に自分はダメであるか?」をステータスにするのと同じような現象であると言えます。


彼等は同じような境遇の方を集めたコミュニティにおいて、如何に自分が「魅力的and/or刺激的コンテンツ」であるかを競い合うのです。

 それは一見特殊ながら、小学校や会社等で作られるコミュニティと本質的な変わりはありません。


そこにあるのは、どこまでもただの対人関係に過ぎないのです。


そして何故、彼等はこうした「ファン活動」に熱中するか?というと、それ以外の人間関係が希薄だからではないか?という部分が見えてきます。


彼等は恋愛幻想…「性愛」だけでなく、それ以外の対人関係をもファン活動に求めているのです。

ファンを熱中させるモノ

失礼を承知で書きますが、非モテ独身男性に欠けているのは「恋人」だけではありません。


(私が観測する範囲では)非モテ独身男性は「性愛」だけでなく、その多くが友人や仲間や(半ば必然的に)父親と子といった関係性からも疎外されてます。


宇都宮健児は、こうした対人関係から疎外された人間を称して「関係性の貧困」と呼びましたが、彼等はこの自らに欠けた関係性を求めてファン活動に熱中しているのではないか?と私は思っています。


彼等が地下ドルand/orコスプレイヤーに対して向けるのは「性愛」だけでなく、ある種の同族意識や庇護欲、そして父性をも向けている、というのが私の持論です。


特に高齢独身男性は「娘がいればこれぐらい」という齢の地下ドルand/orコスプレイヤーに入れ込むケースが多く、そこには「性愛」よりも「父性」が見て取れます。


イベントや会場に足を運べば、仲間や友人が待っており「連帯感」や「友情」や「所属」を確認しつつ、地下ドルやコスプレイヤーに性愛庇護父性等を発露し、SNSでソレを報告して承認を得る…恐らく彼等はこうやって自身の関係性の貧困を埋めているのです。

満たせぬ関係性の貧困が行き着く先

これも私の観測範囲で恐縮ですが、ドルヲタもカメコも他に自身が受け入れて貰えるコミュニティがある方は、そこまでファン活動に熱中しません。


勿論、これは単純に「自身のリソースを一極集中出来ない」という話でもありますが、同時に「他にリソースの消費先が無い故に、一つのことに過剰にリソースを消費してしまう」という話でもあります。


ファン活動という一つの関係性しか持たないからこそ、それが全てになってしまい、時に私生活を犠牲にしたり、時にファン活動で得られる関係性の一歩先を求めて「ガチ恋」になってしまうという悲劇が起こるのです。


そして「ガチ恋」勢の中でも過激な方、違法に手を染めてでも私的領域に踏み込もうとする方にはある一つの傾向があります。


それはファンコミュニティの中で浮いており、ファン活動においても関係性から疎外されている方です。


他の関係性がないからこそ、ファン活動においても地下ドルand/orコスプレイヤーに対する関係性に、自身の感情的なモノを一極集中し、それ故に対象を自身が欠けている関係性の全て埋めてくれるが如き存在であると過度に神格化し、ついには…という感じです。

 

他に関係性を得られる場所や、自身のリソースを割く先がないが故に、対象に過剰なまでに極端なモノを抱いてしまう…といった印象があります。

 

結び

私は「ナニが独身男性をコスプレイヤーや地下ドルに向かわせるのか?」という命題には、卵か先か鶏が先か?という話になりますが、こう答えます。


地下ドルand/orコスプレイヤー市場は、ある種の関係性に飢えてる方を落とし込む構造であり、同時に個人的関係性を売り込み幻想を持たせる構造でもあるから


その中でも「性愛」という関係性は「オタクは普段女性と接する機会が無く、ましてや好意的に触れ合える女性の存在は生活圏には皆無である。そのため、地下ドルand/orコスプレイヤー等に少し好意的に接触されるだけで容易にコロッといってしまう」的な説明が直観的に理解しやすいので、そこばかりがピックアップされがちです。


しかし、「ガチ恋」と呼ばれるほどファン活動に熱中する彼等を動かすモノを「性愛要求」のみで説明することは不可能です


地下ドルand/orコスプレイヤーのファン活動は、仲間や友人といった関係性を得られるのは当然として、通常他の趣味では得にくい「性愛」や「承認」だけではなく、「庇護欲」や「父性」といった特殊な関係性をも得られます。


繰り返しますが、恋人や配偶者のいない非モテと呼ばれる独身男性が疎外されている関係性は「性愛」だけではありません


そして地下ドルやコスプレイヤー市場の「偶像でみんなのものである」と言いつつ、実際はファン交流等と称して個人的関係性を切り売りする二枚舌構造は、明らかに関係性の貧困に陥ってる方を落とし込むような仕組みであることは否定出来ません。


ガチ恋と称される方の発する「アイドルとの可能性が無い事は分かってる!」という言葉は(本人は多少なりとも可能性を感じているであろうという側面はありますが)実際その通りであり、だからこそ「性愛」以外の関係性をも求めてる証とも言えます。


良くも悪くも地下ドルやコスプレイヤーのファン活動は、(それが幻想であれ…)容易に非モテ独身男性が疎外されている「関係性」を得られる場なのです。

 

蛇足:「ねほりんぱほりん」で放送された「地下アイドル」に関して

 

 

 現在ドルヲタの間では、あの番組は「地下」の更に下の「地底アイドル」の事例を脚色して放送した…という解釈が主流のようです。

蛇足2:「恋愛幻想」って言うけど実際、あんなことやこんなことが!

私もそれについて書きたいのですが一般化出来るほどサンプリング数がなく、事例をあげて説明すると確実に個人叩きに…。
とりあえず一般化出来る程度の傾向をあげると「容姿がいい」のみで人生を乗り切ろうとするのは、実際に容姿がよく人生が上手く行ってる子ではなく、それを指を咥えて羨ましがっていた子であり、更に「幻想と現実に対する折り合いをつけられずに成長する」ようなアレな子であるということです。

蛇足3:「関係性の貧困」という言葉に関して

「関係性の貧困」というワードは、創作実話や秋葉原に対するデマで有名な某女史も好んで使っているようですが、私が影響されたのは某女史ではなく「宇都宮健児」ですし、そもそも「関係性の貧困」という言葉及び概念は宇都宮健児が開発したものです。